北海道へ行き始めて、手つかずの広大な自然の魅力に病み付きになる。街にいると刻々と時間に追われる日から、何もかも解き放たれることが、本当に嬉しかった。
 
 当時は、隅々までローカル線が走っており、繋ぎ繋ぎ各地を回ってみた。好きだったのは、やはり釧網本線。ディーゼルばかりの鈍行列車の中に客車の鈍行もあった。これが混合列車。要は、貨車と荷物車と客車とが一絡げに繋いである訳。それを橙色のディーゼル機関車が、一面の湿原や畑の中をコトコト曳いて走る訳よ。
 
 現地での宿は、半分が夜行列車。札幌駅を軸に、各地へと行く急行や鈍行の。しかもすれ違い駅で乗り換えて戻る…との無謀な使い方。例えば、稚内での宿は…札幌行き急行「利尻」号で稚内駅を出て、すれ違う士別駅で乗り換えて、また稚内駅へ戻って来る。これが網走からだと、急行「大雪」号を上川駅で。釧路や帯広からだと、鈍行「からまつ」号で富良野駅だった。
 
 風呂は専ら、銭湯や山間の温泉や各地の露天風呂。今では入れない、オンネトー湯の滝の露天風呂にも入った覚えがあります。
 
 貧乏だから、特産の美味いモノは中々食べられなかったけど、駅の「立ち食いそば」は、殆ど全駅制覇したような記憶があります。面白いのが、その土地の入植者の出身地の違いで、濃い関東風/薄い関西風の出汁なのね。ぱっと見て出汁が濃いときは「そば」、薄いときには「うどん」を食べておりましたよ。
 その当時から、音威子府駅の「駅そば」の味は別格…その頃のお店はホーム上にあったし、数十分停車の際には、機関士さんや車掌さんと一緒に食べていました。
 
 今となっては楽しかった、若かりし頃の思い出…
 周遊券も夜行列車も無くなってしまったし…もう、やりたくても出来ないですね、こんな旅は。